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仏心寺

旅人からの思い出

インドと私

富田 浩(40歳)

7月23日から27日までインドのブッダガヤを訪問しました。

40歳を過ぎてから仏教に興味を持ちはじめ、いつの日か、お釈迦様が悟りを開かれた大菩提寺を訪問したいと思っておりました。しかしながら、「インドは怖いところだ」「騙されてお金取られるよ」などと周りから言われ、躊躇しておりましたが、たまたま、ブッダガヤに仏心寺という日本の寺があると知り、清水住職にメールで相談したところ、「こちらで宿泊、空港の迎えなどすべて手配しますからぜひ来てください」と温かい返信をいただきインド行きを決心しました。

デリーに到着しタクシーに乗ったところで、凄まじい交通渋滞。交通法規は無いに等しく、バイクやオートリキシャーが横をかすめていきます。シク教徒の運転手もこれでもかというくらいスピードを出しまくり、初日に死ぬの?と思いました。しかし、インドの道路はこれが普通だということ。なぜ牛が道路の真ん中で寝ているのか?なぜスクーターにノーヘルで4人乗りしているのか?全く理解できません。

「えらい国に来てしもうた・・・」と思いました。

次の日に、飛行機でガヤーまで移動。無事仏心寺に到着しましたが、残念なことに清水住職は日本へ帰国中。一人でブッダガヤの街を散策しましたがオフシーズンということで人もまばら。小さい街です。滞在中、日本語を巧みに話すバイクに乗った若者たちに付きまとわれました。ガイドを生業にしている連中なのですが、これがしつこい。あの手この手で高額な金額でガイドさせようとする。また、学校を運営しているから、寄付してほしいだの。喧嘩しようと思いましたが、ここでトラブルを起こして周りのインド人や警官がヒンディー語も喋れない私の味方をするだろうか?と思い、やめておきました。

しかし、嫌な連中ばかりではなく、仏心寺の近くの土産物屋のおじさんや大菩提寺の警備の兵士の兄ちゃんと仲良くなりました。とくに土産物屋のおじさんはチャイを奢ってくれたり、親戚のバイクでスジャータ村まで連れて行ってくれたり、大変お世話になりました。3日目くらいから街にも慣れてきて、例のしつこいガイドの連中も会えばチャイを奢ってくれたり、近くまで行くのにバイクに乗せてくれたりしてくれました。(注:女性の方は絶対ダメです)

大菩提寺には2回行きました。いろいろな国の坊さんがいました。スリランカの在家信者の団体さんもいました。私も日本の仏教徒です。国も違えば民族も違う。でもみんなで一緒に祈りを捧げました。ここにいる私たちは一つだと思いました。日本という仏教国に生まれて良かったと思いました。
「生きとし生けるものよ安穏たれ」と、仏陀の言葉を思い出しました。

帰国の日、ガヤ―の空港近くが大渋滞でタクシーを降りて1キロくらい歩きました。イスラム教の祭りらしくて、モスレムの人込みをカメラを撮りながら歩いていると、子供も若者も老人もみんな手を振ってきて笑ってしまいました。この頃にはインド人のこういう所が大好きになってしまいました。
帰国してからもしばらくインドの事が頭から離れませんでした。私にとっては強烈な体験でした。

インドの人はみんな笑ってました。決して裕福ではなく、信じられないようなところに寝起きしている人たちもいました。しつこい物売りや物乞いのひともいました。みんな生活の為に必死でした。日本人は多くの人が自殺します。自分と他人を比べて、人間関係や将来の不安で簡単に命を捨てます。多分インド人が見たら、屋根のある家に住めて、一日三食食べれて、病気になったら保険証持って病院にも行けて、働けなければ生活保護までもらえるのに馬鹿じゃないのか?と不思議がるでしょう。

私がダライラマさんの言葉でいちばん好きなのは「Be Optimistic」(楽観主義でいきましょう)という言葉です。どんな苦しい時でも前向きに希望をもって生きていくのが仏教徒の本髄だと私は思ってます。人間生まれて、飯食う為に働いて、そして最後に死んでいく。それだけでも本当に人間は価値があると思います。インドの人は本能で知っているのではないでしょうか。

私にとってインドは一つの解脱でした。凝り固まった心を解いてくれた国でした。縁あっていろいろな人たちとめぐり合わせていただいた事に感謝します。インドで出会った人たちが幸せでありますように。